三浦大知さんが歌った「琉歌」と陛下の『歌声の響き』

2月24日は休日だったこともあり、国立劇場で開催された「天皇陛下御在位三十年記念式典」をテレビ中継で見ることができました。

三浦大知さんの堂々と高らかに歌い上げる姿は、圧巻そのもの。

そんな三浦さんの歌う姿をあたたかく見守られる天皇陛下、皇后様の姿に胸がいっぱいになりました。

三浦大知さんが歌った「琉歌」とは?

今回、三浦大知さんが披露した琉歌とは、奄美群島・沖縄諸島・宮古諸島・八重山諸島など沖縄周辺の島々に伝承される叙情短詩形の歌謡です。

琉歌は、八・八・八・六の音数律をもつ定型詩で、三線(さんしん)の伴奏にのせて歌われます。

三浦大知さんが歌った『歌声の響き』は、さかのぼること44年前の1975年、初めて沖縄を訪れた天皇、皇后両陛下(当時は皇太子ご夫妻)が、名護市のハンセン病療養所「沖縄愛楽園」を訪問されたことが端緒となって詠まれた歌だといいます。

療養所で過ごす人たちにとって「琉歌」は心の拠りどころでした。

沖縄の人々を迎える本土の人々にとって、沖縄の歴史と文化を理解することが大切であると考えた陛下は、独学で「琉歌」を学ばれ、ご自身で詠んだ歌を療養所の人たちに贈られたといいます。

そのなかの一つが、今回三浦大知さんによって披露された『歌声の響き』なのです。

『歌声の響き』の歌詞について

だんじよかれよしの 歌声の響

見送る笑顔 目にど残る

(謹訳)私たちの旅の安全を願う『だんじょかれよし』の歌声の響きと

それを歌って見送ってくれた人たちの笑顔が今も懐かしく心に残っています

だんじょかれよしの 歌や湧上がたん

ゆうな咲きゆる島 肝に残て

(謹訳)私たちが立ち去ろうとすると『だんじょかれよし』の歌声が湧き上がりました。

ゆうなの花が、美しく咲いている島の人々のことがいつまでも心に残っています。

『だんじょかれよし』とは、お祝いや旅立ちの歌に使われる言葉で、「誠にめでたい」を意味しています。

ハンセン病と神谷美恵子さんと皇后様と

ハンセン病患者は、1931年に成立した「らい予防法」(1996年に廃止された)のもとで強制隔離政策がとられ、根強い差別や偏見に苦しみました。

2014年、両陛下は国内にあるすべての療養施設(全14箇所)の入所者と交流を果たされています。

ハンセン病といえば、精神科医の神谷美恵子さんの存在が思い出されます。

高校時代に手にした神谷美恵子さんの著書『生きがいについて』は、らい病の施設(愛育園)で働いた経験を踏まえ、人の生を誠実に見つめた一冊です。

美智子皇后が精神的に悩まれていた際、神谷美恵子さんは話し相手として美智子皇后を影ながら支えられていたというエピソードが、今回の「琉歌」を通じて思い出されました。

そしてもう一つ思い出したのが、20代前半に所属していた合唱サークルで歌った「てぃんさぐぬ花」という楽曲でした。

三浦大知さんの歌う沖縄民謡独特の柔らかな旋律が、二つのなつかしい記憶を呼び覚ましてくれました。

歌うために生まれてきた三浦大知さん

三浦大知さんの命式については、こちらの記事で2回にわけて読みました。

引立て運バツグンの三浦大知さん、在位30年記念式典へ

三浦大知さんと「大運律音」と「第一守護神」と

三浦大知さんの第二宿命(社会的な使命)は【食神】【養】です。

豊かな感性と高い表現力で楽しいことを周囲に広げ、〝愛されエネルギー(魅力、引き立て運)〟を活かしながら人を喜ばせ、〝感謝のエネルギー〟を循環させる役目を担っている

四柱推命でこのように読みました。

実際、きのうの式典で歌う三浦さんの姿は「歌うために生まれてきた方」そのものでした。

三浦さんにとって天皇陛下は〝第一守護神〟です。

この日の歌唱披露は、そんな両陛下への捧げものになったといってよいでしょう。

三浦大知さんの命式と重なる数々のツイート

ツイッターのタイムラインには、三浦大知さんの在り方を称える声であふれています。

三浦さんの命式の特長と重なるコメントが目にとまり、四柱推命を勉強中の立場としてもうれしくなりました。

命式を通して三浦大知さんという方により深く触れ、「天皇陛下御在位三十年記念式典」を満喫しました。

四柱推命を学んでいなかったら、三浦大知さんについてもこの式典の中継にも関心が向かなかったことと思います。

おかげでひさしぶりに清々しい気持ちに包まれました。

三浦大知さん「歌声の響」独唱は、こちらでご覧になれます。

また、上で説明した、三浦大知さんが歌った「琉歌」や天皇陛下の「琉歌」への深い思いについては、こちらの動画でわかりやすく紹介されています。